『中原昌也作業日誌2004-2007』を読むべきである

中原昌也

中原昌也が雑誌に連載していた日記。
日記といえば永井荷風の『断腸亭日乗』やら大岡昇平の『成城だより』やら高橋源一郎の『追憶の一九八九年』などを読んできた。
特に高橋源一郎の日記はおもしろくて、なんども読み返した。


中原昌也のこの日記は高橋源一郎も超えちゃうほどおもしろく、泣ける。
とにかくひどすぎる生活(一般社会人から見たばあいにはね)。
いつもお金がない。
三島賞作家なのに。
なぜお金がないか、というとすごい勢いでDVDやCD、それに本を買いまくっているからだと思われる。
印税やらが口座に入金されるやいなや、ディスクユニオンやタワーレコードに行く。
Amazonからは毎日のようにDVDやCDが届けられる。
毎日毎日CDを聴き、映画を観る。
食事と同じ、というよりもまるで呼吸をしているように音楽と映画がいちにちを埋め尽くしている。。
音楽はパンクからクラシックまで聴きまくっている。
映画はホラーからマキノ雅弘まで何でも見てる。
すごい。
だけど、お金がなさ過ぎて、電気がなんども止められる。
三島賞作家なのに。
野間文芸新人賞を獲っているのに。

そのうえ、いつも鬱っぽい。
というか、完全に鬱である。
うまく眠れないためか、いつもいつも気分が鬱屈している。
そして起きるのが夕方だったりすると、とても落ち込んでいる。
つらいながらも音楽活動を行っているので、DJをしに重い荷物を担いで出かける。
それなのに、読んでいるとすがすがしい。
なんでかな。
本人はほとんどのばあい、前向きでは決してない。
石田衣良らしき作家などなどと粘着的な戦いをしているし、もうだめだ、といつもため息ついているみたいな日々が続く。
それでも、こんな決意を述べるときがある。

CDやレコードを買いに行ったり、人と会って話したり、音楽を大きな音量で聴くときは大丈夫だが、それが終わるとまたすぐに辛くなる。しかし、その辛い時でないと小説は書けない。あくまでも、じぶんにとって不本意なやりたくないことやっているのだから仕方がない。もし、それを誉められることがあったとしても所詮は不本意なことでしかないのだから、単純に喜ぶべきことではないのだろう。むしろ、他人があざ笑っている僕の小説の破綻は、自分の人生が破綻しているに過ぎない。だからこそ、仕返しにもっと人が読んで不愉快になる小説を書かねばならない。それには自分をもっと追い詰めることになるだろうが。(2004.7.9)

これって、じぶんにたいするあきらめではなくて、とってもかっこいい宣言だな。
わたしはずいぶんぬるま湯に生きているな、と感じずにはいられない。
ほんとうにひどい生活だけど、高貴な精神だ、と思いました。
皮肉ではなく。
ぜひ、落ち込んでいる方には読んでもらいたい。