『臈たしアナベル・リイ総毛だちつ身まかりつ』(『美しいアナベル・リイ』)

大江健三郎

(『美しいアナベル・リイ』に改題されています)

続いて大江健三郎の小説で、買ったまま積んであったこの本を読んだ。
『さようなら、私の本よ!』に較べると小振りな小説だが、もちろん語り口はいつもと同じ私小説に似せたもので、読む快楽に浸れる。
しかし、『さようなら・・・』よりも暴走の具合が少なくて(他の純文学小説と較べたらむちゃくちゃなんだけど)、ちょっと物足りない。
関係ないけど大江健三郎の小説を読むと「具合」とか「様子」という単語が頻出するので、ちょっと影響されてしまう。
タイトルはエドガー・アラン・ポーの詩の一節の訳(日夏耿之介)から来ているのだが、私にはあまりにも格調が高すぎて訳のほうがよくわからない。
原文の方がまだ分かる気がする。ひじょうに貧しい英語力なのだが。
日本人としてどうなのよ、と思わずにはいられない。
それはともかく、今のところ、この小説が大江健三郎の最新作だが、もっととんでもない本が出てきそうで心配で楽しみである。
前作と同じなのは老人である、という「私」だけではなく、同じ老境に差し掛かった友人たちと二人組、三人組を組んだときに物語の力としてとんでもないパワーを持つということだ。
『オン・ザ・ロード』でも語り手の僕とかっとんだディーンの二人組だったし、考えてみれば『ドン・キホーテ』も二人組か。
『ロング・グッドバイ』もそう言えるかもしれない。
私が自我についてあーだこーだ言っているだけの話ではないのが仕組みとしておもしろいのかもしれない。
いずれにせよ、久し振りに読んだ二作で改めてこの人はすごい小説家なのだ、ということを思った。

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