『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』

ブレイディみかこ 太田出版

ブレイディさんは『子どもたちの階級闘争』で英国の「底辺保育所」の定点観測をすることから「ブロークン・ブリテン」を描きました。


それより前に出されたこの本では、「ブロークン・ジャパン」を描いています。
2015年に英国から日本に一時帰国した際に取材したルポルタージュです。

キャバクラで給料を搾取される女性。
キャバクラユニオンが、未払い給与の支払いを店まで求めに行きます。
そんな彼らに対して「働け」と罵声を浴びせるのは店ではなく、同じ立場であるはずの他の店のキャッチたち。

「日本、死ね」で問題になった保育園にも赴きます。
もちろん保育園不足は問題ですが、その保育園にまったくお金が降りてきていない実態。
先生たちが牛乳パックで作らざるを得ない靴箱、棚、踏み台、楽器、間仕切り。
最大の問題は、保育園を監督する者がいないために事故が起こっても不思議のない状況であるということ。

かつて、日本は「一億総中流」といわれた時代がありました。
しかし、今や貧困は多くの人に忍び寄っています。
ホームレスを支援する人によれば、近年、障害者手帳を持つ人たちが路上に出てくるのが多くなっているそうです。
家族というセーフティネットが弱まっている中で、誰が面倒を見るのかという問題が出てきている。
しかし欧米と比べると「人権」が確立されていない日本の貧困者は、「もはや一人前の人間でなくなったかのように力なくぽっきり折れてしま」っている、とブレイディさんは言います。

日本では「アフォードできない(支払い能力がない)人々」には尊厳はない。何よりも禍々しいのは、周囲の人々ではなく、「払えない」本人が誰よりも強くそう思っていることで、そのうちと外からのプレッシャーで折れる人々が続出する時代の到来をリアルに予感している人々は、「希望」などというその場限りのドラッグみたいな言葉を使用できるわけがない。

数年前、「自己責任」という言葉がはやったとき、私はそれに批判的でした。
しかし一方で「国民は義務を果たすことで権利を買うのであり、アフォード(税金を支払う能力がある)できなければ、権利は要求してはならず、そんなことをする人間は恥知らずだと判断される」のはあたりまえだ、とどこかで思い続けてきたのも事実です。
今となると、ダブルスタンダードだったわけです。

どのように自分を高めていくかとか、どれだけ速く仕事ができるかなどと考えることはそれなりに重要なことです。
しかしお金や貧困についても、きちんと考えていかないといけません。
現代の思想や政治はそれを軽視してしまっている、というより無視しています。
そんな日本の状況に対して、ブレイディさんはこう言います。

  19世紀末に英国労働党ができたのは、それまで労働者を代表する政党がなかったからであり、いまこそ我々はその精神に戻らなければならない。というのはコービンが党首に選ばれたときのスローガンの一つだった。英国に労働党ができた時代、それは日本で「人民の権利の固守」を標榜する右派、左派両方の人々が戦った時代だったのである。

日本で気づいたのは、「この国はまるで戦前のようになっているよ」と嘆く人がたくさんいたということだが、私なんかは大いに戻った方がいい部分もあるのではないかと思う。
万国の労働者が、失業者が、親たちが、子供たちが、路上生活者が、運動家が、組合員が、そのスピリットが再び連動すべき時代が来ているように思えるからだ。