『日本仏教史』で仏教との関わりについて考えてみる

『日本仏教史-思想史としてのアプローチ-』末木文美士

著者の本は岩波新書の『日本宗教史』で初めて読んだが、仏教と神道との関係について初めて目を開かされた(神道の方がずうっと日本では古いと思っていたのだが、仏教が入ってきて、しばらくしてからそれに対して神道ができてきた)。

そんなことは知っていて当たり前だったのかも知れないけれども。

『日本宗教史』ではただ歴史を羅列していない。

いわば柄谷行人みたいに何かをひっくり返して隠蔽されているものを取り出してこようとする感じが刺激的だった。

で、『日本仏教史』だが、こちらもなかなかおもしろいし、自分と仏教との関係を考え直すものとなった。

橋本治の解説が端的にこの本を説明している。

この本は、「日本の仏教の歴史を書く本」ではなくて、「日本にやってきた仏教というものが”日本の仏教”という独特なものに変化してしまったのは何故か?何故日本人はそのことを不思議に思わないでいるのか?」ということの理由を探ろうとする本です。(p398)

ずうっと不思議だったのだが、インドで発生した仏教が日本に至るにあたって同じものだったのか。

「法華経」とかいろんななんとか経があるが、それはどういう言葉で書かれていたのか。

そういうことがきちんと説明されている。

要はインドから中国を経由して日本に入ってくるにあたって、当然仏教は変容してしまっている。

もともとサンスクリット語であったものが中国で漢文に翻訳され、そしてそれがそのまま日本に受容された。

ただ、漢文を訓読するにあたってかなり恣意的なところがあって、変容は著しいものがある。

終章の「日本仏教への一視角」では、親鸞が漢文を強引な解釈によって「他力」を引っ張り出した部分が論証されている。

日本の仏教の変容については、「本覚思想」がキーワードとなっている。

そもそも仏教というものは現世離脱的な要素を強く持っていて、すなわち出家に結びつく。

しかし日本では出家、修行等々の戒律的なものがきらわれ、現世が全面的に肯定される思想に変化していった。

現世を肯定する思想が本覚思想である。

そしてそれは先にも言ったとおり、インドにおける仏教とは全くかけ離れてしまったものになってしまったということなのだ。

別にそれを著者は批判しているわけではない。

ただ、どうしてそうなってしまったのか、ということをきちんと整理しておかねば、今後日本人として生きていくためにはたいへんでしょ、と言っている。

実際葬式をはじめとして「日本の仏教」は私の回りに存在している。

どうして私たちは仏教を変容させて受容しなければならなかったのか。

私自身は宗教に対してある種反発する部分はいつも持っているが、それは特定の宗教っぽい宗教に対してであって、そんな自分が仏教をはじめとして宗教を無意識に受け入れている部分がたくさんあることについても自覚的にしていかねばならない。

そのうえでこれからどう宗教に対していくのか考えていくつもりだ。そうしないといままでと同じようにずるずるに行ってしまうのではないか。

終章で、遠藤周作の『沈黙』から、キリスト教を布教しようとし失敗した宣教師の次の語りを引用している。

この国の者たちがあの頃信じたものはわれわれの神ではない。彼らの神々だった。(P363)

これはもちろんキリスト教だけではなく、仏教についても言えることだ。

この宣教師は言う「どんな苗もその沼地に植えられれば根が腐りはじめる」。

その沼地がこの国だ、という言葉は、日本のしたたかさ、というよりはむしろ宗教に限らず日本人のいい加減さをうまく言い表しており、それがまさに自分自身の問題でもあるように思ってしまったよ。