『小林一茶』

宗左近(集英社新書)

 

信州に出かける用事があり、何の本を持って行こうかと考えたら、信州は小林一茶のふるさとだということを知り、この本を持って行った。
俳句や短歌のことはほとんどわからない。ましてや一茶についてはいくつかの有名な句しか知らない。
小林一茶句集を持って行った方がかっこよさそうだが、まずは一茶の人となりやらを知ることができればいいと思った。
帯には「一茶の神髄 三三〇句」と書いてあり、春夏秋冬に分けた一茶の句に寄り添うように詩人である著者が解説、というよりも感想を記していく。初心者にはうってつけなのではないか。
死んだ句を標本のように分析するのではなく、その句がどのように生まれてきたのかという現場にまで立ち戻って話してくれているのがすばらしい。
私も気楽に、これはいいなと思う句に印をつけていった。
秋の部に入っていた句では例えばこのようなものに。

  夕朝の露で持ちたる世界哉

「世界」は仏教では「三千世界」などと称えられていて、江戸時代の人々にも馴染んでいます。しかし、俳句に使われることは、明治になるまでは少なかったのではないでしょうか。一茶は口語や会話などの、俳句のそとの言葉を俳句のなかで使うのがお得意でした。革新好きというより、窮屈な約束事を破りたい気持が強かったのではないでしょうか。好き勝手をしたかったのです。

 著者の話を聞きながら一茶を読んでいると、一茶が近代人であったということがわかってくる。
どうしても江戸時代以前を断絶した別の日本と考えてしまうところが私にはあるのだが、決してそんなことはないのである。
 それは、一茶の開いた俳句の、いわば人間化の道が、昭和以降の川柳とつながり尾崎方哉と山頭火の自由律俳句に流れいって、生き生きとした生命の詩の川の新しい伝統になっているということです。これが、何よりもの一茶の芸術の生命の証なのではないでしょうか。