「須賀敦子の世界展」を見た

神奈川近代文学館で開催されている「須賀敦子の世界展」を見てきました。

須賀敦子が翻訳したタブッキ「インド夜想曲」を読んだのが最初の出会い。

そこからエッセイ「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」と手に入れて、ぱらぱらと読んでいましたが、結局本は買うもののきちんと向き合えないままずるずると今に至っています。

もちろん、とても気になる作家ではあるのですが、その端正な文体が逆に寄りつきづらくて、結局あとで読もう、ということになってしまうのでした。

 

彼女は若くしてフランス、イタリアに留学してイタリア人の夫と結婚するも死別して帰国します。

帰国後も大学の非常勤教師などをし、翻訳などもされていましたが、還暦を超えて書いた「ミラノ霧の風景」が高い評価を受けました。

そしてこれから小説を書こう、としたときに卵巣腫瘍に蝕まれて69歳で亡くなります。

ここで、須賀敦子は「読む人」から「書く人」に変身をとげる。その秘密のカギはどこにあったのか。かんたんに解けると問いではないにしても。(湯川豊さんの解説から)

 私には「読む人」が「書く人」に変わるにはどうすればいいのか、とても興味があります。

もちろん須賀さんほどではないけれど、私もずっと読んでいますが、いつか書けるのか。

展示される資料を見ると、彼女は読みながら常に膨大に書いていたことがわかります。

書簡、講義のレジュメ、文章の構想メモ。

誰もが言うとおり、書き続けなければ書けないのです。

この記事を書いた人

m-betsuo(べつお)

やる気のない中年男性が、やる気を出そうとしています

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