『本居宣長とは誰か』

本居宣長とは誰か』子安宣邦

 平凡社新書

 

 江戸時代の日本の思想家について名前しか知らないから、少し勉強してみようと思いました。

 橋本治さんが『小林秀雄の恵み』で小林秀雄の『本居宣長』を通しながら、例によってああでもないこうでもないと言っているのを読んだことがありますが、本居宣長について本を読むのは初めてです。

 この本は11個の問いにより成り立っています。

 

第1章 宣長はどう語られてきたか

第2章 宣長は自分をどう語ったか

第3章 宣長にとって真淵とはどのような師か

第4章 宣長にとって歌とは何か

第5章「物のあはれを知る心」とは何か

第6章 宣長は『源氏物語』をどう読んだのか

第7章 宣長にとって『古事記』とは何か

第8章 宣長は『古事記』をどう読むのか

第9章 宣長は神をどう語るのか

第10章 宣長はどのように論争したか

結び 宣長にとって死とは何か

 

 この問いから浮かび出てくる宣長は思索をし続けた哲人、というわけではなく、かなりエキセントリックな人だったようです。

 師である賀茂真淵に歌がだめすぎるのをあきれられ、罵られても何とも思わない男。

 人を狂人呼ばわりし、上田秋成をはじめとして論争しかけ続けた男。

 自分の葬式や墓について事細かに指示をした遺言を書いた男。

 

 しかし、その宣長の影響下に現代の私たちは置かれているのだと子安さんは言います。

 宣長に始まる「漢字借り物観」とは私が言い始めたことですが、この漢字についての見方は国語学者を含めた現代の日本人に大きな影響を与えています。ほとんどの人が漢字を中国からの面倒な借り物だと思っているのではないでしょうか。実は漢字を借り物だという考え方は、純粋固有の日本語という民族語が存在すると考えることと相関的なのです。純粋固有なやまと言葉が存在すると考えるものにとって、漢字は中国という異言語世界からの借り物となるのです。この見方を始めたのが宣長なのです。

 (P144)

 

 純粋固有なやまと言葉がある、と思ってました。

 さらに、日本文化は多神教的性格を持つ、という考え方の起源も宣長だと子安さんは言います。

 西欧の一神教に対して、柔軟性のある多神教の日本というのは自明のことだと思ってました。

 

 宣長が他国の影響を「漢意」として退けて「まことの道」を「発見」したように、私たちも宣長の影響をいったんかっこに入れて見ることは必要な気がします。

 現代は明治から始まっていると思っていましたが、江戸は現代の地続き。

 きちんと学ばなくてはいけませんね。

 

本居宣長とは誰か (平凡社新書)

本居宣長とは誰か (平凡社新書)