『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』

ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社

 

昨年、ハラリさんの『サピエンス全史』を読みました。

過去の歴史についての記述はもちろんすばらしかったけれど、私には、これからの人間がどうなっていくのかということが書かれた部分が刺激的でした。

『サピエンス全史』を読んだあと、カーツワイルさんの本を読み、グレッグ・イーガンさんの『ディアスポラ』も読み、難しすぎてやけどをしました。

それでも、それまで考えたことのなかった「ポストヒューマン」という概念について考えてみるきっかけになった本でした。

 

今回の本でも人類の現在までの歴史をざっくり書いているのですが、重心はもちろん「テクノロジーとサピエンスの未来」にあります。

この本に書かれていることがどこまでが本当になるのか、私には分かりません。

しかしSF小説を読むように読めばいいと思うのです。

まさに「センス・オブ・ワンダー」がこの本にはあります。

人類が次に目指すのは不死だ、などということを提示すると、最終的には「そんな未来は嫌だ」「ディストピアだ」という主張になりがちです。

ハラリさんはそれを必ずしも明るい未来として描くわけでもありませんが、かといって批判するわけでもありません。

これまでサピエンスが進んできた道をきちんと見渡した上で、これから私たちが必然的に進んでいくだろう道を描いているので説得力があります。

たぶん自分が生きてる間はそうならないだろう、と「楽観的」に考えてしまうのですが。

 

 家畜の運命をとりわけ過酷なものにしているのは、死に方だけではなく、何よりも、その生き方だ。

という部分はこの本では本筋ではないのだか、読んでいて辛くなりました。

豚などの家畜にも「情動があると推定して差し支えない」とハラリさんはいいます。

しかし人間はそんな豚をまったく動けないようにし、すぐ親から引き離し何度も子どもを産ませて屠られます。

もう私もそれほどナイーヴではないので、そうやって「製造」された豚肉を食べているし、これからも食べ続けるのだけれど、こういうように描かれるとここにこそデさィストピアがあるような気がします。

人間はもうすでにここまで来てしまっているのだから、この先どんなことでもしますよね。

 

ハラリさんは本当に何でも知っている。

まさに博覧強記。

こんな人になりたかったなあ。