まだパソコンなんてものは、自宅になかった。
だから馬券を買いに後楽園の場外馬券売場に出かけた。
当時は学生は馬券の購入を禁じられていた。
時効ということで、よろしくお願いしたい。
グランプリレース有馬記念ということもあり、年末の場外馬券売場はごった返していた。
私は「日刊ゲンダイ」で馬券を検討しながら、いま思えばささやかな金額の馬券を買っていた。
私が軸にしていたのは「サクラスターオー」。
4月に行われた皐月賞を制したあと、長い休養明けで迎えた11月の菊花賞を9番人気で勝った。
「菊の季節に桜が満開」という杉本清さんの実況が有名。
私は菊花賞での単勝を的中させて、サクラスターオーにはお世話になっていたのである。
有馬記念では堂々の一番人気。
二番人気は前走ジャパンカップで3着と好走した牝馬ダイナアクトレス。
三番人気にはその年のダービー馬メリーナイス。
私はサクラスターオーから、その年の牝馬三冠を最後に取り損なった名牝マックスビューティを本戦に馬券を購入した。
いつものとおり、的中する予感しかなかった。
天井からぶら下がった場内テレビでレースを見た。
スタート。
どよめき。
なんのどよめきか分からなかった。
三番人気のメリーナイスの騎手が、スタート直後落馬したのだ。
騎手は根本康広。
現調教師で、藤田菜七子の師匠である。
メリーナイスは騎手なしで走っている。
なおこの模様は『優駿』という映画で使われているらしい(見たことないので)。
すでにレースは波乱模様。
メリーナイスへの馬券は買っていたものの、軸はサクラスターオー。
私は気持ちを切り替えてテレビを注視した。
2500メートルのレース。
およそ2分半の戦い。
最後の4コーナー。
私のサクラスターオーがうなりを上げて進出していく。
はずだった。
しかし4コーナーで急ブレーキがかかったサクラスターオーは足をぶらぶらとさせながら止まる。
故障。
何が何だかわからない。
勝ったのは10番人気メジロデュレン。
2着に7番人気ユーワジェイムスが入り、馬券としては大波乱となった。
二頭の頭の文字で「夢」馬券が来た、といわれたものだ。
私は競馬の無常さを思い知った。
それ以降も馬券的な大波乱やスターホースが故障する、といったシーンを見てきた。
しかし、このレースほどに競馬は何が起こるか分からないと思ったことはない。
これを経験したいから、いまだに馬券を買い続けているのかもしれない。