洗濯鬼

早起きが習慣的になったのは、今世紀に入ってからのことです。
「朝活」だの、「朝食会」だの、あるいは「なぜ成功者は朝早く起きるのか」といったタイトルの本がはやるよりもずっと前から早く起きるようになりました。
いや、違うかもしれない。
ひょっとしたら、朝早く起きたら生産的になれる、とテレビかネットでインプットされたせいかもしれない。

起きる時間は、午前3時半から4時。
欧州サッカーがキックオフする時間です。
そうか、ギリシアが優勝した2004年のサッカー欧州選手権を見るために起き始めたのがきっかけだったかも。

アラームをかけなくても眼が覚めてしまいます。
起きてから何をするか?
初期はランニングをしていました。
真っ暗で誰もいない道を走るのは、意外と楽しい。

その日もまだ日の出を迎えない街を走っていました。
イヤホンで音楽を聴きながら歩道を走っていたのですが、気がつくと車道を車がゆっくりと併走していました。
よく見ると、パトロールカー。
不審者とまちがえられたようです。
いやになって、走るのはやめました。

次にやったのは、簿記の勉強でした。
朝食を取るまでの時間をかりかり練習問題を解き続けたら、まぐれで日商二級が取れました。
次に一級を目指すことも考えて参考書なども買ってみましたが、なんだかモチベーションが落ちてしまいました。

次にチャレンジしたのは「英語」です。
とりあえずTOEICの受験を目指しました。
2回ほど受験したのですが、思うようにスコアが伸びず、やる気がなくなってしまいました。

村上春樹さんはこのくらいの時間に起き、コーヒーを飲んでから小説を書いている、というのを読んだことがあります。
まねして書いてみようとしましたが、書けずにゲームばかりやってしまいました。
これはさすがに身体と心によくない気がしました。

やることが浮かばなかったので、とりあえず本を読むことにしました。
そのあいだ、洗濯をすることにしました。
洗濯が完了したら、洗濯物を干す。
早朝の洗濯は気持ちのいいものです。
こざっぱりした気持ちで一日を過ごせます。
本を読むあいだに洗濯していたのですが、洗濯をするあいだに本を読むようになりました。

集合住宅の2階の角にある、うちのヴェランダの階下に見えるのは集合住宅の駐車場です。
左手には別の集合住宅が、駐車場を囲むように建っています。
上空から見るとL字型になり、Lの角の部分が私の部屋になります。
私の部屋から最も近い、隣の建物の二階の部屋のヴェランダに洗濯物が干してありました。
昨日の夜から干しっぱなしなんだな。

その夜、勤めから帰り、干していた洗濯物を取り入れました。
まだ夕暮れの残る空。
何気なく隣の建物の二階の部屋を見ると、洗濯物は取り込まれていました。
あたりまえですね。

翌朝4時半、私が洗濯物を干そうとヴェランダに出ました。
隣の建物の二階のヴェランダにすでに洗濯物が干してありました。
わずかに白んできた東の空に照らされて、タオルとTシャツがだらんと物干しハンガーに掛かっているのが見えました。
寝る前に洗濯をしているのだなあ。

それから一週間くらいたった日、飲み会で帰りが遅くなりました。
お酒はあまり飲みませんが、その日はやむを得ず二次会まで付き合ったのでした。
たいてい午後9時半には寝床に入るので、飲み会のあいだ睡魔と戦いました。
自宅に着いたのは、日付が変わる頃です。
少し雨に降られてしまいました。
洗濯物を取り込みました。
隣の建物の二階のヴェランダには何も干されていません。
同じ洗濯好きと思われる、その部屋の家主のことが気になりはじめていました。

翌朝はいつもより20分くらい遅く眼が覚めました。
少し寝不足な気がしましたが、二度寝するほどでもない。
日テレの「おは4」を見ると、今日は天気がいいらしい。
たいして洗濯するものはありません。
タオルと下着くらい。
だけど洗濯しよう。

洗濯機を回している間にソファで寝てしまったようでした。
洗濯が仕上がったことを知らせる「グリーン・スリーヴス」の音で眼が覚めました。
洗濯物を干すことにします。
ヴェランダに出ると「向こう」のヴェランダにはすでに洗濯物を干されていました。
げ、私より早起きなのか?
のぞきの趣味はないが、じっくり観察せざるを得ない。
Tシャツとかジーンズといったユニセックスなものが干してありました。
男なのか女なのか、年齢もわからない。

その夜、10時過ぎ、寝る前に「向こう」を確認しました。
何も干されていません。
ヴェランダには物干し竿が2本平行に架けられているだけで、あとはエアコンの室外機がある。
カーテンは閉ざされていますが、明かりはついていません。

翌朝、私はアラームをかけて一時間早い3時に起きることにしました。
まず、ヴェランダに出ました。
「向こう」にはチノパンツ?とタオルが干してあるのでした。
昨日の夜(まだ「夜」ではあるけれど)は何も干していなかったはずです。
いったいいつ洗濯をしているんだ?

ある土曜日の夜には徹夜して、30分おきに観察することにしてみました。
しかし、「向こう」に動きはありません。
考えてみると、「向こう」の部屋の中の照明がついているのを見たことすらありません。
人がほんとうに住んでいるのかどうか。
しかし洗濯物が干してあるわけだから。

仕事中も「向こう」のことを考えていることに気づくようになりました。
これではいけない。
洗濯することで得られていた心の平安が脅かされています。
「向こう」のことを何とかして忘れるか、もしくは逆に思い切って「向こう」の正体を突き止めるか。

私はとうとうある日、隣の集合住宅の「向こう」の部屋の前まで行ったことがあります。
201号室というのは私の部屋番号と同じです。
しかし表札はかかっておらず、ドアの上の方にNHKのシールが貼られているだけでした。
電気メーターは回っていて、生活していることは間違いないものでした。
チャイムを押そうかどうしようか、と考えている自分に気づき、あわてて帰ることにしました。
いかんいかん…………

…………あの部屋の男は、ある日は30分おきにうちを見ていました。
こわくなり、ベランダに出ることもできなくなりました。
カーテンの隙間からあの部屋を見ると、なぜかいつも洗濯物が干されています。
洗濯物を干すことでこっちを観察しているのではないでしょうか。
あんなに洗濯する男はいないはずです。
ある日、帰宅して階段を上がると、私の部屋の前であの男が立っているではないですか。
私は恐ろしくなって、気づかれないようにそっと階段を降りました。
さすがに恐ろしくなって、今日このように御相談に伺った次第なのです。
いったいどうしたらいいのでしょうか?